未来は、
共有する目的地から、
並走する実践へ。
かつて未来は、いまよりもう少し、目的地を共有しやすいものだった。
けれどいま、個人、企業、国家、社会、そして惑星は、それぞれ異なる時間と基準で動いている。ある場所での正しさが、別の場所でも正しいとは限らない。
経済にとっての合理性と、生態系にとっての持続可能性。
いまを生きる人の豊かさと、これから生まれる人の未来。
技術が可能にすることと、人間がそれを望むかどうか。
未来を考える変数は増え、何を課題とし、何を残し、どこへ向かうのかという前提そのものが動いている。
だから、ひとつの未来像を共有するより、それぞれが自分の場所から問いを持ち、試し、つくり、その結果を持ち寄りながら未来に関わっていくことに可能性を感じている。
未来は、完成したビジョンの中ではなく、まだ名前のない実践から現れるのかもしれない。
同時に、人はそれぞれ
違う世界を生きている。
世界観とは、世界との関係の仕方。
(『ワールドラインズ 体験できる世界観のつくり方』アメミヤユウ著より)
何を見て、何に意味を与え、どう物語り、次に何を選ぶのか。それは経験によってつくられ、いまこの瞬間にもつくり変えられている。
どれだけ近くにいても、他者の世界と完全に重なることはない。
そして、異なるものはただ美しいだけではない。同じ場所にあれば、ぶつかる。
それでも、異なるものと関わりながら生きることに価値があると思っている。
ひとつになるのではなく、違いを薄めるのでもなく、それぞれが行きたい方向を持ちながら、どの距離なら共に在れるのかを考え続ける。
近づくことも、離れることも、境界を引くこともある。まだ誰も試していない関係をつくることもある。
答えを固定せず、その都度、関係をつくり直していく。
人間は、
考え、つくる生きものだ。
作品をつくる。場をつくる。事業をつくる。制度をつくる。関係をつくる。人生をつくる。そして、自分たちが生きる次の現実をつくる。
何が正しいか、まだわからなくてもいい。
やってみることでしか、わからないことがある。評価の言葉も、参照できる前例もないところから始まるものがある。
そういうものに、未来の可能性を感じている。
次、何をつくる?
その問いを持つ人たちと、異なるまま並走したい。
問いを、実践へ。
探索し、翻訳し、構成し、循環させる。
Exploration
Translation
Composition
Circulation

